私くしごとになりますが

30年 鍼灸マッサージの仕事を続けて

 自分の体が年齢と共に変化して
加齢とはこう言うものかと痛感しました。
 

TANI-G

プロフィール

2020/03 さくら鍼灸マッサージ店内

谷脇 英一(たにわき えいいち) = たに爺 = TANI-G
1958年/昭和33年 生まれ 62才
血液型:B型
身長:175cm
体重:65~72kgを常に変動している。
趣味:映画・アニメ鑑賞
好きな飲食物:肉料理、炭水化物、生クリーム、こしあん>つぶあん、コーラ
苦手な飲食物:酸味のある果物、貝類、酒類、パクチー(食わず嫌い)
1989(平成元年) 国際鍼灸専門学校卒
2009(平成21年)さくら鍼灸マッサージ開設
 
埼玉県の国立病院で産声を上げ
直ぐに東京都の板橋区、小豆沢団地で幼少期を過ごしました。
小学3年生から5年生の3年間を福岡県、福岡市内で
自然豊かな少年時代を過ごし
小学6年生から24歳ごろまで東京都下の小平市へ戻ってきました。
そして、思春期と青年期を凄まじく謳歌して
その後、茨城県つくば市に建てた実家に転がり込みます。
こちらに来ても、流転の人生を過ごしていましたが
仕事社会に順応できないことを自覚し、絶対にやらないと決めていた
家業の鍼灸マッサージを継承することにしました。
このころから、遅ればせながら勉強が面白くなり
家計をかえりみず勉強に浪費する日々で貧乏でした。
鍼灸マッサージ師の資格を取得しても
殆ど実家の治療院では施術を行いませんでした。
つくばで鍼灸マッサージ師を行って幸運だったことは
筑波技術短期大学(現在は技術大学)の付属診療所にて
様々な方向性の研究をして居られる先生方に
御教授頂きながら臨床研修を行えたことです。
そのスキルで競泳オリンピック選手のサポートをする
機会も得ることができました。
また、鍼灸に関する自律神経の実験を
お手伝いできたことも勉強になりました。
現在、身体にリスクを抱えている方たち
肩こり・腰痛・肩関節痛・変形性関節症・脊柱管狭窄症・椎間板ヘルニア・人工関節術後の筋力維持・むち打ち症・など
を対象にウエイトトレーニングとマッサージ施術を組み合わせて行う
風変わりな治療院の運営を行っています。
変わり者で、すみません。
By たに爺
 
 

肥満・メタボ

MAX 86Kg

2012/06 スカイツリー

やはり脂肪による太りすぎは身体に悪影響を及ぼすようです。
現在は、筋トレと食事に気を付けて65~75㎏の間で
体重をコントロールしています。
 
そもそも、ダイエットのきっかけは
55歳の時に私の所属する研究室に学会を催す順番が回ってきた事です。
私は音響設備やプロジェクターなどの裏方役ですが
今回は会場内の総合指揮をしなくてはならず
スーツを着なければなりません。
しかしながら、この時に持っているスーツは
どれも着れる体系ではありませんでした。
 

2010/02/16 研究室にて TBSマエストロ撮影

スーツを新調するか運動と食事でダイエットして
持っているスーツを着れるようにするかで
後者の運動と食事のダイエットを選んだわけです。
ネットで安いバーベルセットとプレスベンチを購入し
見様見真似の筋トレと適当な減食によるダイエットを開始!
それでも、3ヶ月ほどで10kgの減量に成功。
無事にスーツを着て学会を乗り越えました。
 

2013/06/22 筑波技術大学 日本サーモロジー学会

しかしながら、76kgから体重はピタリと落ちなくなりました。
なにせ、スポーツ嫌いのスイーツ大好き人間ですから
目的達成の学会が終わればトーンダウンします。
でも、この時点で筋トレが楽しくなり続けていました。
その頃から患者さんの一人が
「私も筋トレをやりたい」
と言われて
インチキながらもトレーナーぽっく
パーソナル運動療法が始まりました。
1人が2人、2人が3人とだんだんトレーニーが増え
安物ながらケーブルのマルチマーシンとスミスラックを
置くようになり料金も頂くようになりました。
 
 
現在は、常時30名前後のトレーニーさんが来てくれています。
マシーンも本格的なものに変更しました。
 
 
 
単なるダイエット目的ではなく
日常生活を楽に過ごせる身体を持つこと。
将来も寝たきりになることなく
自分で生活ができる人生を過ごすこと。
こんなことを目的として
筋トレを続けていければと願っています。
 
ちなみに、脂肪は減少し筋肉量は増加するので
体重の変化はあまり気にしない方が良いようです。
肝心なのは関節の動きが良くなり筋力が増して健康であり
見た目も美しく または、カッコよくなることも
大切なのかな?
 
そんなふうに、 たに爺は思いました。
 
 
 
 

膝蓋骨の骨折

初めての救急搬送

2014/12/19 メディカルセンター 外科病棟

それは、 平成26年12月17日、年の瀬も近い定休日の火曜日。
いつものように家の買い物を終えて夕方の6時頃帰宅しました。
その日は冷たい雨が降ってい路面も濡れた状態でした。
車を屋根付きの駐車場に入れて買ってきた
20リットルの灯油や他もろもろの荷物を縁台に運びました。
日頃からの筋トレのおかげで 軽々と運ぶことができます。
 
そして、ことが起きる!
 
最後の野菜などを入れた段ボール箱を両手で持ち
駐車場と縁台の手前にある40cmくらいの
コンクリートブロックの段差を上がろうとして
左足をブロックに掛けたのですが雨に濡れていたのと
掛けた足が浅く、つま先くらいしか掛かっていなかったのです。
 
左足がすべりそのまま崩れるように転倒しました。
全くの油断だった・・・
段ボール箱は持ったままだったので中のもは散乱しないですみました。
 
さて、立ち上がろうとすると、うまく立ち上がれない。
右足を寄せて左脚も寄せて・・・
あれっ? 左足がどうにも上手に引き寄せられないのです
どうしたものかと左足の膝部分を触ると
なんと、左の膝のお皿(以後、膝蓋骨と言う)が
左の外側にズレているじゃないですか!
これは膝蓋骨が左外側に脱臼したな~
っと何故か冷静に判断する自分がいました。
 
仕方ないので自分で左下腿を手で真っ直ぐにし
気合で外側から膝蓋骨を中央にグイっと戻しました。
記憶が定かではないのですが
少しだけめまいのようなチカチカと星が見えて
軽い吐き気を感じたような気がします。
しかし、不思議なことに痛みはさほど感じませんでした。
再び左足を曲げようとしたのですが
全くと言うほど動きません。
そういえば、膝蓋骨を整復する際
横一文字に深い谷間を触れることができたような・・・
もしかして、膝蓋骨折?
人は重篤な時ほど軽く済んでほしいと意識が働くみたいです。
脱臼だったらギブス固定で1~2ヶ月程度
しかし骨折だと・・・・ 下手すれば屈曲障害が残るかも
そんなことを思いながら
膝蓋骨の亀裂部分を触りながら太ももを収縮させてみると
それに伴い亀裂部分が大きく開く・・・・
あちゃ~ 完全に折れてる~
どうやら、コンクリートブロックの角に膝蹴りをしたようです。
アニメのケンシロウやバーチャファイターのパイなら
いとも簡単にブロックを粉々に粉砕したのだろうな・・・
まだまだ、冷静に見せかけている自分がいました。
 
その日は幸運なことに息子が休みで自宅に居たので
息子の携帯に電話をかけて
「今、下で転んで骨折したみたい。物置に木切れがあるから
それを出してほしい。それと、タオルを2本持ってきて~!!!」
とSOS発信しました。
手ごろな木切れを膝の裏と両側面にあて
膝の上下をタオルでしっかりと固定を行いました。
至って冷静そうに装っていても
かなりのパニック状態でもありました。
息子に(自分の車で病院に行った方がいいかな?)
と言いたかったのですが、ここがパニック!
「病院に行った方がいいかな?」っと言ってしまった。
息子に「当たり前でしょう!救急車だよ」と言われました。
 
程なくして救急車が到着しました。
何かドキドキ 初めての救急車・・・
家には亡くなった父が鍼灸と整骨もやっていたので
松葉杖は常備品として所有していました。
救急車に乗り込むのだから移動できなくてはと思い
息子に松葉杖も用意してもらって救急車を立って待っていました。
到着した救急隊員さんが「怪我された方はどちらですか?」
「はい、私です」とパニックがちながらも元気に返答し
救急車に近づこうとしたら「今ストレチャー出します」と言われ
そういえば段差を登ることも出来ないことに気が付きました。
救急車に乗り込みバイタルチェックを受けながら超安全運転で
メディカルセンターへ搬送される 途中から
小さな路面の衝撃でさえ 膝に
かなりの痛みを感じるようになりました。
 
 
 

CT画像 左膝蓋骨解離骨折

 病院の救急処置室に到着し
CT撮影を行って処置室に戻ると
直ぐに担当ドクターが来て
「手術ですね」っと言われました。
診断名は  左解離性膝蓋骨骨折 だそうです。
完全に膝のお皿が割れて
離れちゃってるってことです。
その夜はシーネと言う石膏でガッチリと膝を固められ
鎮痛剤をもらい帰宅となりました。
予定は明日に入院で次の日が手術となり
手術までに1日あったのでお店の長期休業支度や
予約の方たちにキャンセルの連絡ができてよかったです。
 
トレーニーの方たちに
「齢をとると転んでも骨折するから
日頃からトレーニングをして
骨と筋肉を強くしておきましょう!」
っと言っている私が転んで骨折をした。
笑ろうた ( ゚Д゚)ガ~ン~
   
 
いよいよ手術の日、時間通りに看護師さんがやってきて
手術の身支度をしてストレッチャーで手術室へと移動。
手術室の手前が麻酔室になっているようです。
麻酔室はTVドラマのような慌ただしさはなく
ステンレスで囲まれた殺風景で寒々しいところでした。
あぁ・・これから解剖されるのか・・・ こわい・・
再度、名前と手術部位の指差し確認を行いました。
人生初めての全身麻酔。。。 
ちゃんと帰ってこれるのだろうか?
私の不安をよそに麻酔の先生は淡々と準備をしている
と思った瞬間。
 
「それじゃ~ 麻酔しますねぇ・・・・・」
 ▼
「はい、無事に手術は終わりましたよ~」
 
何か
一瞬の出来事だった
ような気がする。
 
 

2014/12/19 手術終了

 手術後、院内でリハビリを行い8日間で退院しました。
理学療法の先生によると非常に早い回復だそうです。
ちなみにクリスマスイブの夕食は鶏のもも肉とケーキが出ました。
年末で早く退院させてベットを開けたかったのかな?
その後は通院でリハビリを行いお正月には初詣にも行けました。
 
 

2015/01/02 常陸國總社宮

 回復は順調とは言うもののかなりの期間
大腿の筋力低下と膝関節が不安定なため
階段は1段ずつ上り、1段ずつ下りる状態が続きました。
関節が固まってしまうと回復が遅れるので 
セルフマッサージを併用しながら
ゆっくりと曲げ伸ばしを行い続け
膝の可動域はかなり早く回復しました。
 

2015/01/14 可動域、大腿周径

  2015/7/3 2016/1/25   2016/6/10
膝蓋上  L  L R  L R
0cm 37cm 35.4cm
36.8cm 36.2cm
38cm 37cm
5cm  38cm
 39cm  38.6cm  39cm  40cm  41cm
10cm 41.4cm 48.2cm 43cm 44.2cm 43cm 44.5cm 
 
時間の経過と共に左の大腿は太くなってきましたが
右の大腿は思うようにトレーニングができないため
逆に細くなってしまいました。
 
そして約1年間
膝蓋骨にピンを刺したまま
仕事とトレーニングを行っていました。
 
 

2016/01/13 抜針手術直前

 膝蓋骨を固定しているピンの上部に
硬い組織が出来上がっています。
これも、手術の時に取り除くそうです。
 
 

2016/02/01 抜針手術終了

 2016年の2月に2泊3日でピンを抜く手術を行いました。
今回の手術後は筋力は殆ど失われず
術後も早いうちから軽めのスクワットを行えました。
スクワット時、膝蓋骨上部の痛みも無くなり快適です。
 
 ピンを抜いてから分かったことですが
膝蓋骨を貫いていたピンの先は切りっぱなしで
トゲトゲしかった・・・
 

摘出したピンとワイヤー

これでスクワットしてたから膝蓋骨上部が痛かったわけですね。
(こんな状態でスクワットやってる方が悪いのかも?)
ドクター、、、もうちょっと先端を・・・
そんな贅沢を言ってはいけませんよね。
ちゃんと骨がくっ付いて正座もできるのですから
まずは、よしよしです。
ありがとうございました。
 
 出来ることなら人生ケガや病気は
無いにこしたことはないのですが
なかなか、そうも言っていられません。
始めて救急車で搬送されたり、入院手術をしたりで
良い経験をしました。
そして、夜中に鳴り続けるナースコールや
外来と手術のスケジュールに追われる医師
大変な仕事なんだな・・・
医療従事者て凄いな~
そして、ありがたいな~~~
 
そんなふうに、 たに爺は思いました。
 
  
 
 

肩鎖関節炎

子供のころに

2020/02/06  肩鎖関節炎

 
思い起こせば、あの時だったのか!!
 
それは、50年も前の話しです。
小学6年生の時、福岡から東京の小平市に
父の転勤で東京都下ですが帰ってきました。
低学年のころに乗っていた自転車が小さくなり
新しい自転車を買ってもらって
うれしかった。
セミドロップハンドルで変則ギヤ―付き
当時は、これが最高にカッコよかった。。。
 
5月のいい天気の日、学校は休みで
いつものように自転車に乗り出かけました。
暖かなに照らされて気持ちよく
風を切りながらやや下りの道路を
走っていると横道からオバちゃんが
自転車で急に、こちらに曲がってきたのです。
よけないと、ぶつかる!
しかし、後方から自動車が近づいてくる音がします。
よけきれず、オバちゃんの自転車と正面衝突。
上手にぶつかったのか私は転がっても
自動車に引かれませんでした。
オバちゃんは「あぶないわね~」
と言って転がった私に気遣いもせず
さっさと行ってしまいまった。
買ってもらって間もない自転車は
ハンドルが曲がった程度ですみ
おもむろに起き上がった私は
前輪を両足で挟みハンドルを修正。
自転車に乗って漕ぎ出すときに
左の肩がやけに痛い・・・
家に帰りついたころには痛みはあるが
腕は動かせるので、そのままを過ごし
年月が経っていきました。
何せ、福岡で生活した3年間は
自然豊かで裏山の崖を登って転がり落ちたりとか
木にぶら下がると枝が折れて・・・
とか、日常茶飯事だったので
自転車で転んだぐらいはどうって事ない
っと思っていました。
 
時は流れて、30歳のころ
鍼灸マッサージの学校に通い始め
ある実習の時間に柔道整復師の資格を持っている学友から
左肩を過去に脱臼したか尋ねられました。
その時は子供の時のことなど全く記憶になく
分からないっと答えました。
学友曰く、鎖骨と肩甲骨の関節部分で
肩鎖関節に突起する肩峰突起の
左の隆起が大きいので
昔、肩を痛めたのだろうとのことだった。
それとは別に、このころから
肩頸のこりを感じ始めます。
どちらかと言うとその時の私は、細身で姿勢が悪く
年齢的にも様々なストレスを抱えていました。
そして、気が付くといつも左肩が右よりも上にあげる癖があった。
 
 55歳になってウエイトトレーニングを
行うようになったものの筋力は弱く
ベンチプレスのフォームも悪くて20~30kgのバーベルで
肩関節を痛くすることは多かったように思います。
2017年の2月に40kgのベンチプレスを行った時
ミッシ・・ と言うような感じが左肩にして
その後から左肩峰に痛みを感じるようになりました。
どうにも、痛みがあって
トレーニングがうまくできない。
技術大学付属診療所を受診したところ
肩鎖関節炎とのことだでした。
 無理なトレーニングは避けて
しばらくしたら痛みは治まっていきました。
 
  

2017/02/14 左肩関節

今更になって気が付いたのですが
肩のストレッチを行っているとあるところで
左肩関節がガクンとなります。
いわゆるルーズショルダーなんだろな・・・
っと思っていましたが
子供のころの自転車でぶつかった時に
左肩関節を亜脱臼し、それに伴い
鎖骨の靭帯も損傷したのかもしれせん。
左肩が上がる癖は弱くなっている靭帯を
頸肩の筋肉(僧帽筋や肩甲挙筋)で引き上げる
補助動作だったのだろうと思います。
それが長年続き頸椎の負担となって
変形を助長したのかな・・・
っと思いました。
 
残りあと、何十年はある人生だから
何としても悪くなりたくはない。
日々の筋トレを大切に行うことにしました。
 
 
肩関節周辺の筋力UPが重要です。
軽いダンベルでラテラルレイズや
ダンベルデットリフト&シュラッグ
を行ってます。
 
  子供のころの怪我や病気が
後々の身体に歪となって現れる。
因果関係って怖いなと思いながらも
悪い姿勢で生きてきたな・・・
と反省する次第です。
これからの人生は背筋をシャンと伸ばして
良い姿勢で生きていきたい。
 
そんなふうに、 たに爺は思いました。
 
 
 

変形性頚椎症

変化する身体(加齢変化)

2020/03 がんばる TANI-G

頸椎、これが私のネックになります。
今のところ人生で一番の問題点でしょうか・・・
診断名で言うと
変形性頚椎症による椎間孔狭窄症
頸椎椎間板ヘルニア(4ヵ所)
となります。
 
現在の所、頸のとてつもない不快感と
可動域制限、後屈と左回旋に難があります。
ただ幸運なことに
日常生活で上肢に痺れや痛みは出ていません。
2017年に無理なベンチプレスで肩鎖関節を痛めたので
筑波技術大学付属診療所にて肩のレントゲン写真を撮ってもらいまいした。
頸の調子も良くなかったので一緒に撮影したところ
変形がかなり進行していました。
30歳のころより頸は調子が悪く寝違いやひどい肩こりがあり
この時もレントゲン撮影をしてもらったのですが
さすがにキレイな頸椎でした。
 
今回のレントゲンでは椎間板が潰れていて
椎間孔と椎体に骨棘が見られます。
整形のドクターは「よく神経症状が出ないね~」
と感心するほどでした。
きっと筋トレで良い姿勢を保っていられることが
神経症状を出さなくしているのではないでしょうか。
 
 
 
 

35歳~59歳、24年間の頸椎の変形

しかしながら、世の中はそう甘くはありませんでした。
 
2018/07/31に山中湖バスツアーへ行ったのですが
 
帰りの高速道路が渋滞していて
バスの冷房が頸にガンガン当たる中
狭いシートに座ったまま
悪い姿勢で長時間、眠ってしまいました。
帰宅した夜は何ともなかったのですが
翌朝、目覚めると背中に物凄い寝違いのような痛み
右腕を上にあげると頸にも激痛が走ります。
当然、頸はロック状態でした。
 
鎮痛剤を飲みつつネットで頸椎カラーを
いろいろ購入し て90日やり過ごしていましたが
痛みは軽減していくものの
完全には消失しません。
痛みにための可動制限も残っていました。
あまりにも症状が長く続くので
MRI撮影をしてもらったところ
なんと、
頸椎の4か所に椎間板ヘルニアが
起きていました。
ドクターは「先々悪化したら
頸椎の後方を割り広げて神経の圧迫を
軽減する手術を検討した方がいいですよ」
と言われました。
 

2018/09/18_MRI画像

 
ん・・・・
ン・・・・
ううん・・・・・
手術はしたくない。
このまま、筋トレを続けながら
様子を見ることにしました。
 
手術の判断は
上肢に麻痺が現れた時か
堪えがたい痛みが襲ってきた時に
最後の手段としてやろうと思ってます。
 
 
あれから、時が流れ
痛みからは解放されました。
きっと炎症が治まったのでしょう。
 
骨は年齢にと共に変化します。
そして関節も壊れていきます。
関節面の軟骨はすり減り
椎間板や半月板などの
関節内のクッションもつぶれて行きます。
不安定になった関節は強固な安定性を模索して
お互いがくっ付き合って固定しようとします。
これを骨癒合と言います。
その過程で骨の淵が鋭利にはみ出し
周辺組織を刺激して炎症が起こります。
また、少し張り出した骨は神経や血管を刺激して
痛みやシビレ、神経麻痺、血流障害を起こしたりします。
 
私の頸椎が変形を起こした要因を
推測してみると以下のようになります。
 
・子供のころに左肩関節を痛めた
この時に肩関節内の靭帯が少し断裂したのだと思う
今思えば、若い時から気を抜くと左肩が右よりも上がっている
左肩の筋肉(僧帽筋と肩甲挙筋)が常に緊張状態にあった。
 
・20代後半からテレビゲームをやり始める。
この時の姿勢が非常に悪かった。
14インチのTVの前で背中を丸め頸を突き出し
頸椎と頸肩の筋肉に相当の負担をかけていたと思う。
 
・30代のころから鍼灸マッサージの猛勉強を始める。
医学書や様々な参考文献を読みあさるようになり
勉強もかねて経絡や陰陽五行図などの
イラストを描いたりしたが
ゲーム同様とてつもなく悪い姿勢だった。
またこの頃より視力の低下が始まり視力の左右差が大きく
眼科医から両眼視が出来ていないことを指摘された。
 
・資格を得て鍼灸マッサージの仕事を開始する。
まだ、この時も施術中の姿勢が悪く下向きの状態を
長く続けてしまい非常に肩と頸が凝った。
ゆえに、頸を活きよい良く回旋させると
ボキっとかバキバキっと言って心地が良かった。
詰まったものが解放されるように爽快な気分だった。
しかし、これが後の 関節破壊を起こすことを
この時は全く分かっていなかった。
技術短大付属診療所で研修を行っていた期間でもあり
この時に頸のレントゲン撮影を行ってもらった。
 
それから約30年後
筋トレを始めて左肩関節の痛みから
頸もレントゲン撮影を行ったところ
頸椎にかなりの変形が確認されました。
 
以上ことから、子供のころに肩を怪我して
肩周辺の筋緊張と筋力バランスが崩れ
筋力も弱かったため良い姿勢が保てず
頸椎に負荷が掛かってしまいました。
そこに加え、スラストレーション(回旋)を行っていことが
より頸椎の変形を助長してしまったのだと思います。
 
頸椎の関節が崩れているので
頸の動きは(可動域)は悪いのですが
筋トレをしながら日々を過ごしています。
 
ただ、これからも進む加齢変化で
どうなるのかが不安なところです。
筋トレで緩やかに年老いながら
出来るかぎり手術をすることなく
最後の時まで動ける身体を持ち
天寿を全うできればいいな・・・
  
そんなふうに、 たに爺は思いました。
 
 

私くしが思うこと

この仕事をしてきて

ここまで読んで頂きありがとうございます。
撮り溜めた四季の花の写真でも眺めて一休みしていただければ幸いです。

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2020/3 

 
いろいろな方を施術させていただきました。
感じたことは人は老いるということです。
どんな人でも
長く生きていると、やがて部分的に壊れて
生命活動が停止します。
 
それは、仕方のないこと
でも、上手に身体を動かしていれば
それなりに長持ちするみたいです。
 
労働や運動は、やり過ぎてもダメ!
やらな過ぎてもダメなようです。
しかし、適度と言うのがとても難しい。
 
これは、施術にも共通すると思います。
若い時は何とか患者さんを良くしたくて
ついつい治療をやり過ぎてしまったりもしました。
 
例えて言うなら、ネジの閉めすぎです。
何事も適度な頃合いと言うのが重要なんですね。
 
いいかげん・・・ を 良い加減・・・
で何事もやれればと思う次第です。
 
 

終わる時

2040/XX 20年後は…

 

私の細胞結合体も、やがて生命活動を終える時が来る。
それが、あとどのくらいでやってくるのか?
どんな状態でやってくるのか?
願わくば、痛みもなく、苦しくもなく、辛くもなく、
やり切ったという達成感の意識を持って人生を終わりたい。
 
また、様々な人と関わり
多大な迷惑をかけながら生きてきたのだと思う。
その全ての人に心から感謝をして
わずかながらの幸福感を抱きながら
最後の時が迎えられれば本望である。
 
私の存在が終わり地球上で数百年経過したら
私が存在したことなど誰が理解してくれるのだろう
私の遺伝子を受け継いだ生命体?
そんなことを考えながらも、残りの数十年
悔いのない時を過ごして生きたいと願う。
私が終わるその時まで。
 
 

最後に

まだまだ、これからも人生は続くのですが

忙しい日々の中を最下層まで深く
下りて来て頂き感謝の念に堪えません。
このHPいったい何が目的なのでしょうか?
お店の宣伝?
個人を紹介するHP? 
いえいえ、
あくまでもお店のHPです。(ホント?)
まあ、何はともあれ これからも
チョコチョコと書き足して
ガウディのサクラダ・ファミリアみたいに
長い月日をかけて 何時の日か
完璧なHPに 完成させたいと思います。
 
また気が向いたらお越しください。

最後まで御読み下さり
ありがとうございました。
 
2020/03

TANI-G